世間一般に流布している、外見のみで貶してしまうある言葉

豆知識編、として、私が色々なものを見たり読んだり。

で、調べてみた結果、
「へえ。」
と感じた事を、日記に書かせて頂きたいと思います。

こちらにいらっしゃる、特定の方や、
こちらにはいらっしゃらない方でのどなたか。
あるいは世間一般の、外見だけで、
世間一般に流布しているある言葉で表現されてしまう方ですとか。

そういった方を意識して書いた日記ではありません。
それだけは予め、そして声を大にしてお断りさせて下さい。


その言葉は。
遡ると語源は、「ぶし」なのだそうです。
ある言葉を調べていた過程で、初めて知りました。

恐らく、ではあるのですが、平安時代に生まれた言葉であると推察します。

当時の貴族にとっては、貴族こそ高い地位にある者。
「ぶし」、つまり今、某放送局で一年単位で放送されている、
ある人物を主人公としたドラマでの地位にあるもの。
「武士」。
その「武士」は当時、高貴な地位であるとされていた貴族、
その貴族にとっては忌むべき存在であった、という認識だったのでしょう。

「武士」→「(貴族にとっては)忌むべき存在」→転じて・・・。

といった流れなのかな、と。
私もつい最近、初めて知りました。


ただ。
私は、少なくとも私にとっては。
私はある程度、ではあるのですが、美意識を持っているつもりですし、
自分に関しては出来る限り、「美しく」あろうと努力しているつもりですので、
外見の「美しさ」にもそれなりに気を遣っているつもりではいるのですが。

「美しさ」というのは、一瞬の、目に入る美醜のみでは、
単純には計れない。
少なくとも私はそう考えています。

例えば、極端な話をしましょう。
世界的なビューティーコンテストで、
外見だけなら優勝候補。
でも歩く姿はがに股だったり、言葉遣いが荒かったり。
例えばですが、所謂放送禁止用語を連発してしまう方だったり。

一方、ぱっと見は映えない様に見えてしまわれる外見に生まれてしまわれた方。
でも、所作は美しく、気品に満ち。
品格を失わず、高潔である。

どちらをよしとするかは、人によるでしょう。
ですが私なら、迷う事無く、後者の方により好感を覚えるでしょう。

美醜、というものは、その方の所作や、言葉遣い等々・・・。
その方の、全人格。
それによって決まる、少なくとも私はそう考えています。
美醜は、外見の美醜のみによって決まるものではありません。
外見の美醜、それのみによって、忌むものか否か、
貶すか否か。
そう判断するのは間違えている。
私はそう考えています。

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