新潮社7月号[波]の原幹恵さん書評

『かもめのジョナサン 完成版』刊行記念特集・伝説のかもめが帰ってきた

瞬間が降りてくる

原幹恵img_201407_04_1.jpg わたしが生まれ育った新潟の小学生は修学旅行に佐渡へ行く。新潟港からのフェリーの甲板で、海空を低く飛び交う沢山のかもめたちに向って、みんなで「ジョナサン! ジョナサン!」と大声で呼びかけていたのを突然思い出した。もっとも、わたしはなぜ、かもめをジョナサンと呼ぶのかわかっていなかった。
 つまり、わたしは今回初めて(つまりラストに Part Four が 加えられた〈完成版〉で)『かもめのジョナサン』を読んだのだけれど、読後にまず思ったのは、「自由に生きろ!」というジョナサンのメッセージは、この作品が発表された四十何年前には凶暴なくらい新鮮で魅惑的だったんだろうな、ということだった。
 今では、自由に生きることは当り前になっている。実際にできるかどうかは別問題にせよ。わたしはむしろ、自由に生きようとするジョナサンが餌を得るためだけに飛ぶ他のかもめたちを否定するのを悲しく思ったくらいだ。食べるためだけに生きる人生にも幸福や充実はある、と思うから。まあ、他のかもめたちのほうだって、〈飛ぶ〉という自分の道を究めようとするジョナサンをまるで理解せずに、追放までするのだから、どっちもどっちではある。
 やがて、ジョナサンは群れへ戻ってきて、少しずつ弟子が増えていく。ジョナサンも心が優しく、柔らかくなっている。そして、Part Four では彼がいなくなった後の世界が描かれるのだが、奇妙に崇め奉られたり、真意を理解されないまま歳月がたち、わたしはさみしくなってしまった。ただし、ラストには奇蹟みたいな救いがあって安堵できる。
 これは実に不思議な本だ。短い物語だし、一見簡単なようなのに、自分なりに解釈していかないと解らない部分もあるし、明らかに読む年齢と立場によって印象が変わるだろうなと思えるところもある。今のわたしなら「うん、ジョナサンの言うように、自分の信じる道を突き進めばいいんだ」とすぐ賛成できるし、さっき書いたように「自由に生きろ、なんて当り前じゃない」とナマイキな感想も持てる。しかし、五年前ならそうは思えなかっただろう。あの頃のわたしは、まだ周りに合わせようとばかりしていたし、言われた通りのことをしようと努力していたし、交友関係を増やしたくて、苦手だなと思う人とも一緒に遊んだりしていて、疲れていたのだった。この本はそんな自分の変化(個人的には成長と呼びたい変化)を感じさせてくれる面がある。
 ジョナサンのさまざまな言葉から、連想はかつての自分へとどんどん繋がっていく。彼のように異端児扱いをされたわけでは全くないけど、わたしは、「グラビアアイドルをやっていることを、事務所の他の人たちにはどう見られているのだろう?」なんて考えている時期があった。わたしがデビューした頃、事務所にグラビアをやっている女の子はいなかったのだ。わたしはまだ十七八歳で、気弱で、上京したばかりで、不安だった。こんなことをしていていいの? 同じくらいの年齢の子が演技の道を進んでいるのが羨ましかった。同時に、お手本もないまま、自分のやり方で道を切り拓くしかないこともわかっていた。女優なり何なり、自分にやりたいことがあるのなら、無我夢中でとにかくやっていくしかない。わたしは他人の目を気にするタイプのジョナサンだったのだ。
 デビューから八年たって、おおぜいの人のおかげで、グラビアもバラエティもドラマや舞台もできるようになった。グラビアは今もやっている。もう、衣装でもポーズでも自分の意見を通すようになった。いや、言われるままに撮影しても、八年もやってきたのだから、きっと求められている段階まではクリアできるとは思う。しかし、自分なりに意識をして撮影に臨むと、こなしている自分、作り上げている自分――そんな無難な自分ではない、いつもの自分以上のわたしが出せる時がある。そんな瞬間が、現場を吹き抜ける風や、窓から射す光や、青々とした自然の匂いや、鳥の囀(さえず)りや寄せては返す波の音や、カメラマンの方と一緒に作りあげた心地よい空間のせいで、ふいに降りてくる。
 毎回ではないし、意図してもできない。撮影が終わる頃になって、やっと降りてくることもある。しかし、いったん降りてくると、その日の最後までそれは続くのだ。例えば、ハワイで撮影した『楽園』という写真集ではそんな瞬間を数多く経験できた。テレビの『嬢王3』では、最終回に一人で泣く大切な場面があり、この連続ドラマへの思い入れが強すぎたわたしは本番前に感情のコントロールがきかなくなったのだけれど、本番では不思議と醒めている自分もいて、苦手な涙を流す演技をどうにか演じ切れたようだった。
『かもめのジョナサン 完成版』を読みながら、ジョナサンがあり得ないスピードで空を飛ぶ時に感じる、エゴもこだわりもない、純粋な自由みたいなものを、ああいう瞬間にわたしも味わえているのだろうかと考える。ジョナサンが若いかもめに言うように、わたしも練習すればいつでも味わえるようになれたらいいな、と考える。 (はら・みきえ 女優)リチャード・バック著/五木寛之創訳『かもめのジョナサン 完成版』978-4-10-505805-0

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