求めているのは…何だ

日々は、黙っていても、頑張っていても、なあなあでも、不満があってもなくても過ぎていく。これだ、という希望を見つけてもそれが曇り、曇っていってもう先はない、と思いかけたところで不思議と望みが見えて前向きになったり…



自分のこと、分かってるようでわかってないのね。簡単にいつもわかってしまったら、それはつまらないって事かいくら面白かったり良かったりしてもあきてしまうし見失う…


自分って、目をつぶってでもうまくいく人間じゃないのね。それは今になればいやというほどわかる。自分の渇望、叫び…それが満たされて解決するのが望みなのか?それか、うまく行くことが結局の目的なのか?同じようで、アプローチが全然変わってくる。

勝つことが目的だ。子供だったから、負け続きでも大事なものがあればそれでよかった。いや、大事なものなんてまるでなくてもそれを求める、それをいつかと夢見て傷つく自分…それを愛せばよかった。負けたから、みじめな思いだった。けれど、それは今でも悪くないと思っている。その時は、ほんとの負け犬じゃなかった。大事なものを周りにびくびくしながら持っていて、それをわがままで表現できなくても、周りはそれをわかってくれていたんだと思う。けれど求めていたのは、うわべに振り回される分からない世界だった。きっと今も、その延長、途中だと思う。


勝つことだけに目を向けて、今の楽なうちは前向きにぎらぎら構えている。ぽんといきなり、上手く行くことはほんとはそうない。うまく行かなくて、前向きになれなくて、それならそれで、最後に前を向けばいい方向にいくだろう。前を向く、勝つことを、うまくいくことを考える…それでも抱える渇望、それがルサンチマンで終わっても、人に意味を与えることがあるんだろう。苦しんでうまくいくんじゃない、苦しむことが大事なんだ…苦しんだことが、人に何かを与える時が、きっと来ると信じている。それが大勢の前の、たくさんの人の前になる事を信じて…勝つことが第一なのは、そのためだ。最初から負けを信じるなんてことはないさ。負けたら、骨を拾ってくれる人がいるだろう。


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excellent