*-Until the Dawn~天翔ける少女-


少女は大海原の真上から、この世界を眺めていた。

少女にとっての安息のひと時だった。

少女はここから朝日を見届けるのが大好きだった。

北から吹く風が心地いい。潮の匂いが混じっている。少女の鼻腔を優しく刺激する。
少女は両手を広げた。全身でこの風を感じ取りたかった。
瞳を閉じ、少女は以前見た夢を思いだそうとしていた。
愛する人の肩に寄り添い、夜明けが来るのを二人の呼吸でカウントする。

どのくらい昔に見た夢だろう。少女は必死に記憶を辿ろうとしたが、すぐに諦めた。
それは無駄なことだった。ある時から、少女の中で時間の概念が無くなったのだ。
そんなことさえどうでもよくさせる、ここはそんな眺めだった。

そういえば、私はいつから今の存在になったのだろう。
これは、私が望んだことだったのかしら、それも思い出せない。

あと数分で、少女の心が満たされる時が来る。
少女は沈黙した。波の音が微かに耳に届いてくる。
それだけで、全てを知る事が出来る。少女には言葉は不要なものだった。

海面を何千何万という星の数が点滅した。
魚の群れである。それは少女への挨拶だった。その眺めは天と地の境目をあやふやにさせる―どちらが海で、どちらが空か―ほどに澄んでいる。

微かに、空を染める朱が明るさを増してきた。
もうすぐ。
少女の胸が躍る。
少女の笑顔に、日の光が差し込みはじめた。
遥か彼方の地平線に、眩い閃光の亀裂が生じる。
少女は、あの光の中から生が誕生するのだろうと思った。それは生命の神秘を感じずにはいられない程に、崇高尊大な光だった。
この感動を独り占めにしたい。
少女の無垢な瞳は、そう語っている。
その瞳に光が差し込みはじめた。


少女は、波のざわめきに肩を揺さぶられ目を覚ました。
もう既に日が昇っている。
少女はいつも夜明けを見に、海辺にやって来るのだが、肝心なところでいつも寝てしまう。
また見逃してしまった。
だが、いつも少女の心は満たされる。
少女は、その理由を考える。
まだ、夜明けを見たことがないはずなのに、何故か感動だけは心に残っているのだった。

少女は、眠ってしまったときにどんな夢を見ているのだろうとは、考えることが出来ないままだった。


(1999年初出 超短編小説)

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