*-トレンディードラマのように( は)-

タケシは一風変わった電車オタクである。それはタケシ自身も、カノジョのシズカも認めている。
二人のデートとはつまり、タケシの実家近くの田んぼに風呂敷を広げ、ひたすらその傍にある線路を通過する電車を見ては、他愛もない会話をする事である。勿論、シズカにとって、そんなの苦痛以外の何物でもない。

シズカにとって、それはある意味《純愛》であった。

タケシは、実は電車の事を何も知らない。目の前を通り過ぎるその姿にだけ惹かれていると言ってもいい。

タケシにとって、それもある意味《純愛》であった。


その日は、快晴というには少し雲が多すぎる、まるで水彩画の様な空模様だった。


シズカはずっとタケシの顔を覗き込んでいる。その瞳には苛立ちを感じさせた。タケシはそんなシズカの目線に全く気づかない―ふりをしている。

《デート中》である。例の如く

タケシは腕時計に目を見遣る。
もうすぐ、正確には二分後ジャストにこの前を特急が通過するはずだ。そして目線をシズカに向け、
『…昨日の続きを話してよ』
と、決して楽しそうではない声色で尋ねた。

『別れたいってどういうこと?』
『…』
『―好きな人が出来たの?』
『違う』
『―もう、俺に飽きた?』
『それはこっちが言いたいよ。全然構ってもくれない、全然楽しくない―私の事、最近の話なんて何も知らないでしょ―いつだって電車の事ばかり』
『…』
『はっきり言わせて貰うけど、異常だよ、変態だよ』
『全然分かってないよ』
『分かる気なんて全くない』
『違うよ、お前のことどれだけ好きかって事だよ』
『―嘘ばっかり』

シズカの頬を一筋の雫が流れた。シズカはその頬を懸命に拭った。それは酷く熱いものだった。
そんなシズカをタケシは一点の曇りもない、無垢な表て見つめていた。

『全然分かってないよ』

タケシはシズカの手を、涙を拭ったその手を、強く握りしめた。初めてかも知れない。こんなに手を握られる喜びを意識したのは、とシズカは思った。
これが最後の握手になることも知らずに。

そっと手を離し、タケシは立ち上がった。
微かに線路を走行する特急電車の振動を、タケシは感じていた。だが、シズカにはその電車の姿すら見えない。
何の前触れもなく、タケシは線路に向かって駆け出した。それは普段の覇気のない姿からは想像出来ないほど、力強く、大胆なものだった。

『タケシ?』

それは声にならなかった。シズカの鼓動は、まるでこれから起こる事に怯えるかの如く、大きく、激しく、早く鳴った。


―タケシ!―


水彩画の様な空に真紅が舞い散った。
絵描きが自分の絵に癇癪を起こし、絵の具を投げつけたかの様に、それはコントラストを際立たせた。


タケシにとって、シズカもまた《純愛》の対象だったのだ。
彼は今までの自分の曖昧な態度に、決着をつけようとしたのだろう。
電車に、シズカは両天秤で勝ったのだった。


だが、タケシが死んでしまっては、それは何の意味も成さない。タケシのその行動はしかし、裏目に出た。
シズカにとっての《純愛》とは、究極の自己犠牲である。自分も今までそれを実践していた。


タケシが死を以って純愛を証明したかったのなら、電車に轢かれるのではなく、シズカに殺されるべきだったのだ。―究極の裏切り行為を、誤解を解くことも二度と出来ずに、タケシはシズカの目前で実践したのだった。


『―嘘ばっかり』


シズカの頬に、もう涙は流れなかった。



(1999年初出 超短編小説)

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