99の涙 ~七夕の雨~

こんにちは!晴れ

半年ぶりくらいに日記書きます!わーい(嬉しい顔)

昨日たまたま姉から借りた「99の涙」って本を読んで凄く感動して、是非みんなに読んでもらいたいということで書いてみました。

ぶっちゃけ、感動して泣きます、絶対にw

俺2回読んで2回とも泣いたw

なので、今泣きたくない人は泣きたい時に読んでください。


では、書いて行きます。


99の涙 ~七夕の雨~ 


病室のドアを開け、弾けるような翼の笑い声に足を止めた。
 担当の大木という若い男性看護師と、携帯型ゲームをしていたらしい。大木はわざと負けてくれているのか、本当に弱いのか、名前通りの大きな体を揺らして子供のように悔しがっている。翼はそれを見て、さらに声高く笑う。よほど楽しいのだろう、これまでもないほどの明るい表情だ。


こんなに元気なのに・・・・。


そう思ってすぐに、たった今、初老の医師に言われた言葉を思い出す。

「翼くんはどんなに元気そうに見えても、危篤状態だと考えてください。翼くんに会わせてあげたい人がいるなら、1日でも早く会わせてあげてください。1日でも早く・・・。」

患者の家族が考えることなど、全てお見通しなのかもしれない。

「あれ?ママ!」

予定外に現れた私に、翼はとびきり嬉しそうな笑顔を向けた。

「お仕事、おしまい?」

「ううん。ちょっとだけ、翼の顔見に来ちゃった。元気そうじゃない?」

「ママは元気ないね。お仕事、たいへん?むりしないでね。」

薄い眉をひそめて、大人びた口調で言う。5歳の子供が、どこでそんな言葉を覚えて来たのだろう。もしかしたら、私自身どこかで話していたのを聞いていたのかもしれない。大変なのは、小さな体で大きな病魔と闘っている翼なのに。抗がん剤、放射線治療、その副作用、40度超える高熱。この1年間、散々無理してきたのは翼の方なのに。
 この前の事だってそうだ。ベッド脇にしわだらけの紙が落ちていた。拾い上げると折り紙を半分に切ったもので、平仮名を覚えたての翼の文字が書かれていた。


『げんきに なって』


「女の子にあげようとしたの?」

と聞いても翼は恥ずかしがって答えなかったので、誰に宛てたものかわからないけれど。他人を励ましている場合じゃないのに、はみ出そうなくらい大きな、元気な字だった・・・・。

「ママは大丈夫、すっごく元気。」

渡すはそう言って、翼の枕元にかけた華やかな千羽鶴の糸の絡まりをほどいた。翼が通う保育園からいただいたものだ。
 といっても、翼が通わなくなってからもう1年が経つ。毎日が新しい発見の子供たちが、どれだけ翼の事を覚えていてくれてるだろう。何のため鶴を折るのか、そもそも生きるとか死ぬとかがどういうことなのか、理解しているとは思えない・・・。

鼻の奥がツンとした。

「じゃあ、ママ、行くから。」

「え、もう行っちゃうの?」

「うん。翼、はしゃぎ過ぎないようにね。」

 私はそう言うと、逃げるように病室を出た。目の端に翼の寂しそうな表情が見えたけれど、慰める余裕はなかった。
 長い廊下、混んだエレベーター。私は病院を出るまでこらえることが出来ずに、待合室の隅にしゃがみこんだ。点滴を吊ったキャスター付きの金属スタンドをごろごろ押しながら、パジャマ姿の男性が通り過ぎていく。
 目の前にスッと、綺麗に折り目の付いたハンカチが差し出された。顔を上げると、大木が私を覗き込んでいる。

「大丈夫じゃないじゃないですか。」

 張りつめていた糸がプチンと切れて、大きな塊の涙が溢れた。

 
 大木と病院前のベンチに座り、じっとりと重い梅雨の風に吹かれた。
 もうすぐ7月だ。向かいの小学校で、子供たちが笹に短冊を吊るしているのが見えた。願いを乗せた色とりどりの短冊が、楽しそうに揺れている。
 翼だって同じように、沢山の願いがあるはずなのに。

「どうして、翼だけが」

思わず呟いてしまった。

「・・・・ごめんなさい。そんなこと言っても、どうにもならないのに。」

 大木は一言「いえ」と言った。それ以上、慰めも励ましもしない。
 沈黙の中、無慈悲で規則的な振動音が響いてくる。私は渋々、膝の上のバッグから携帯を取り出した。会社からだ。

「はい、中村です。」

『主任!今、どこですか!3時からの商談・・・』

「誰?」

『あ、すみません!安田です!3時からの・・・』

「2時50分には帰るわよ。資料はフォルダにまとめてあるから、人数分用意しておいて。」

 入社して3ヶ月が経つのに相変わらず落ち着きのない新入社員が「フォルダ、フォルダ」とわめくのを無視して、電話を切った。

「ご迷惑おかけしました。行きます。」

「ええ。お気をつけて。」

 重い腰を上げ大木を見下ろして、ようやく気付く。大木は慰めや励ましもしなかったけれど、ベンチを立つこともしなかった。
 人見知りの激しい翼が大木に懐いていた理由が、わかった気がした。

「翼、いいお兄さんが出来たみたいでよかった。」

「お兄さんならいいですけど。年的には、お父さんかもしれないですよ。」

「・・・」

大木はちょっと笑った。けれど、私は笑わなかった。


 大木にとっては、何ということもない一言だったのだろう。
 けれど、私は病院から会社まで地下鉄を乗り継いで30分の間に、一大決心をした。
 商談の後、長期休暇願を出した。やりかけの仕事を半泣きの安田に押し付けて、その足で羽田空港へ向かった。
 20時30分発、新千歳空港行き。久しぶりに故郷へ帰る緊張を紛らわせたくて、暗い機内から滑走路に灯る明かりを数えた。
 翼の願いの数のように思えて、必死に数え続けた。
  

 樹は高校の同級生だった。
 古いが風情のある写真館の息子で、高校生とは思えないほど落ち着いていた。他の男子が校庭を走り回っている時も、写真部の部室でカメラをいじったり、図書室で写真集をめくったりしていた。
 当然、多くの女子から「オタクっぽい。」と敬遠されていた。樹の撮る写真の美しさも、それを褒めた時に見せるはにかんだ笑顔も、ほとんど知られていなかったのだと思う。私から告白して付き合い始めた時は、酷い言われようもしたものだ。
 高校を卒業し、大学に進学した私と写真の専門学校に入った樹は、一緒に状況した。2年後、樹は有名なカメラマンのアシスタントになり、4年後に私が商社に就職した時には、既に忙しく働いていた。

 年々生活はすれ違い、会う回数も減って行ったけれど、私も仕事が面白くなっていったので気にならなかった。ただ、漠然といつか樹と結婚し、家族をつくるものだと思っていた。
 だから、樹が「戦場カメラマンになる!」と言いだした時は驚いた。

「どうして、自分から死に行くようなことしなきゃならないの!」

「写真なんて、どこでも何でも、沢山撮れるでしょ。」

「残される私の気持ちも考えてよ!」

 散々、言い合いをした。樹を傷つけることも言った。それでも樹が受け入れてくれないことに、私自身も傷ついた。
 7年間積み重ねた関係はあっけなく崩れ、私たちは別れた。
 悲しかったし、寂しかった。けれど、他に選択肢はなかった。樹は意志を曲げないとわかっていたし、不安に怯えながら待つ自信もなかった。そして、嫌だ嫌だと言いながら、樹の夢を邪魔している自分が一番嫌だった。
 だから、樹のことは忘れようと思った。私は普通に働いている人と普通に結婚して、普通の幸せを手に入れよう。何が普通かもわからないままに、普通が一番、などと自分に言い聞かせていた。

 2ヶ月後、妊娠検査薬の青い線を見るまでは。



・・・・・・・産みたい・・・・・・・・・・



自分でも驚くほど純粋にそう思えた。それまでは、出産なんて現実的なこととして考えたことがなかったのに。それが母性によるものなのか、樹の子供だからかは、今でもよくわからない。
 ただ、樹に連絡しようとは思わなかった。樹はよほどの情熱と覚悟を持って、私と別れ、戦地に赴いたはずだ。子供をだしに呼び戻すようなことはしたくなかった。
 私の子だ。私ひとりで、産んで育てる。そう決めた。

 結婚をしていない、その予定もない私が、子供を産む。
 上司も同僚も少なからず動揺し、私に好奇の目を向けた。私はそれを無視して堂々と、社内規定最大限の産休と有休を取った。
 札幌の両親には、安定期に入りお腹の膨らみが目立ち始めたころ、帰省して報告した。厳格な父は私の頬を張り、「家の恥だ」「勘当だ」「二度と帰ってくるな」と怒鳴った。気弱な母はオロオロするばかりだった。それっきりだ。
 翼が産まれた時、心から「おめでとう」と言ってくれた人がいただろうか。担当の看護師でさえ、目の奥に偏見の色が滲んでいた気がする。
 けれど、気にもならなかった。一人で産んで育てる、とはこういうことだと思った。

 
 それから、必死に働いた。
 父親がいないことで、翼に不自由な思いをさせないために。翼の病気がわかってからは、あらゆる治療をうけさせるために。ヒールの踵をすり減らして、駆け回り、喉を嗄らすまで商談相手と掛け合い、上司と議論し、部下を動かした。
 翼が保育園の玄関で待ちかねたように走ってきて、せっかちにその日の出来事を話し出した時も、帰り道で立ち止まって、月を見上げていた時も、私はその手を引いて閉店間際のスーパーに走った。翼が喧嘩して落ち込んでいた時も、私は料理しながら励ますばかりで、抱きしめてあげなかった。
 翼が病院のベッドで苦しんでいても、私は会社に行かないわけにはいかなかった。
 不安や疲労や自己嫌悪を感じるたびに、呪文のように呟いた。
 ひとりで産んで育てる、とはこういうことだ、と。

 けれど、今になって思う。
 それもみんな、私のひとりよがりだったのではないか。
 翼はひとりで産んで育ててほしくなどなかったのではないか。
 本当は、父親にいてほしかったのではないか。
 だから、あれほど大木に懐き、笑い、明るい表情を見せていたのではないか。


 空港から札幌へ移動して駅前のホテルに泊まり、翌朝、地下鉄に乗って樹の実家がある街へ向かった。
 時代は大きく変わってしまった。もしかしたら、もう店をたたんでいるかもしれない。そう思っていたが、店は有名なDPEチェーン店に姿を変えて存続していた。
 樹の両親に会って樹の居場所を教えてもらい、中東でもどこでも行く覚悟だった。なんとしても樹に会って「翼に会ってあげてほしい」と頼むつもりでいた。けれど、まずは樹の両親に事情を話さなければならない。
 店の前に立ってあれこれ考えていると、コートの裾が引かれる気配がした。柵にでも引っかけたかと目をやると、三輪車に乗った翼が小さな手で裾を握っていた。
 
 「えっ・・・」

 いや、翼なわけがない。でも、数年前の翼によく似た男の子だ。樹には姉がいたから、もしかしたらその子供かもしれない。

 「お客様ですか?」

 男の子はにっこり笑って言い、私の返事も聞かずに三輪車を降りて店へ入って行った。

「パパ、お客さまー!」

 自動ドアの向こう、レジカウンターで緑のエプロンをしている樹と、目が合った。

 「あぁ、びっくりした。」

 店の隅の応接セットでコーヒーを飲みながら、樹は何度目かになるその言葉を言った。

 「びっくりしたのは私の方よ。」

 樹が地元に戻り、店を継いでるなんて、まして結婚して子供がいるなんて、ほんの少しも想像していなかった。
 そして、何より樹の変貌ぶりに驚いた。樹はもともと落ち着いた雰囲気を持っていたけれど、それとは違う。まるで、オリンピックのメダリストが引退会見で見せる笑顔のような、堂々とした清々しい穏やかさが漂っているのだ。

 「どうして、そんなに変わっちゃったの?」

 そう聞くと、樹は「はは」と笑った。そして、私に対して説明義務でもあるかのようにためらいもせず左足のズボン裾をまくってみせた。

 「・・・」

 膝から下は、義足だった。

 「言っておくけど、後悔なんかしてないよ。」

 後悔なんてしたら、君に失礼だ。
 樹は黙ってコーヒーを飲んだけれど、そんな言葉が続いた気がした。

 「・・・息子さん、かわいいね。」

 そう言うと、樹は顔をほころばせた。

 「光って言うんだ。やんちゃでね。もうすぐ2人目が産まれるんだけれど、次は女の子がいいな。まぁ無事に生まれてきてくれればどっちでもいいんだけど。」

 「そう・・・」

 「君は?子供、いるの?」

 「・・・」

 翼の笑顔を思い出す。すると、私も自然と笑うことが出来た。
 
 「うん。光くんと同じくらい可愛い、男の子」


 


 ベッドの白さが目にしみた。
 昨日まで1年間、このベッドの上で眠り、ご飯を食べ、一人絵本を読み、大木とゲームをし、私が訪れると天使のような笑顔を向けてくれた翼は、もういない。近所へおつかいにすら行かせたことなかったのに、随分遠くへ旅立ってしまった。
 絶望にも近い悲しみの中で唯一の救いは、最期はゆっくりと翼と一緒にいられたことだ。
 私は結局、樹に何も言わなかった。ありのままを話せば、樹は翼に会いに来てくれたかもしれない。けれど、樹は光くんとこれから生まれてくる子供の父親だ。
 樹は私の子だ。私ひとりで、産んで育てる。翼を産むときにはそう決めたように、父親の分も私が翼を愛せばいい。そう思って札幌から戻り、中東でもどこでもいくつもりで取った休みを。翼と病院で過ごした。ほんの10日間だったけれど、沢山喋り、沢山遊んで、沢山笑った。
 そうして翼は、最期はとても穏やかに、眠るように目を閉じた。これで良かったのだと思う。けれど、それもまた私のひとりよがりかもしれない。どんな事情があってもやはり、翼は父親に会いたかったかもしれない・・・。

窓を叩く雨の音で我に返る。早く片付けて、地下の暗い部屋に移された翼のそばに行ってあげなければ。
 パジャマ、下着、タオル。翼の匂いが染みこんでいるものを次々とバッグに詰め、枕元の千羽鶴を外して、手を止めた。

「・・・・・」

 折鶴の数が減っている。糸によって鶴の数が違い、長さがバラバラになっていた。

「どうして、七夕って雨が多いんですかね。」

 振り返ると、病室の入口に大木が立っていた。
 カレンダーを見る。確かに、今日は7月7日だ。

「中村さんに、どうしても見てほしいものがあるんです。」


 大木は私を病院の裏庭に連れて行った。
 芝生の整えられた中庭と違い、裏庭は笹が生い茂っているだけだ。だから、翼の病室の窓が画していても、ほとんど眺めることはなかった。
 どうして、こんなところへ。

 「あ・・・」

 翼の病室の真下辺り、ひと際背の高い笹に、沢山の短冊が吊るされている。入院している子供たちも、願いをかけて飾ったのかもしれない。
 普通に見れば微笑ましい光景なのだろう。けれど、今の私には辛いだけだ。父親に会う。そんな多くの子供が願わずとも叶う願いさえ、翼のために叶えてあげることが出来なかったのだから・・・。

「翼くんからの願いなんです。」

 私は大木を見た。

 言っていることの意味がわからなかった。

 「翼くんが書いた短冊を、頼まれて僕が吊るしたんです。」

 「・・・」

 私は震える手で短冊に触れた。
 はみ出そうなくらい大きな、元気翼の字だ。短冊1枚には文章が収まらなかったらしい。大木が文の順に短冊を吊るしてくれていた。


 『げんきに なって』


 ふと思い出す。ベッド脇に落ちていた紙。恥ずかしがって、誰に宛てたものか言わなかった翼。鶴の減った千羽鶴・・・。

 ハッとした。よく見ると、吊るされている短冊も全てしわだらけだ。
 翼が病室のベッドで折鶴を開いて半分に切り、わからない平仮名を大木に尋ねながら短冊を作る光景が、目に浮かんだ。



『げんきに なって』

『おおきく なって』

『おかあさんの しごと』

『おてつだい したい』

『おかあさんと ぴくにっく いって』

『おかあさんの おにぎりと』

『たまごやき たべて』

『おやつ たべて あそびたい』

『おかあさんに だっこ してもらって』

『おんぶ してもらって』

『おかあさんが つかれたら』

『ぼくが おかあさんを おんぶ したい』

『いつか おかあさんと けっこんして』

『おかあさんと ずっと ずっと』

『ずっと いっしょに いたい』

 

 おかあさんと、ずっとずっと、ずっといっしょにいたい。

 
 翼は短冊の中に未来を描いていた。その未来全てに「おかあさん」がいた。ほかの誰でもなく・・・・。

 最期の10日間、翼も幸せだったかな。

「ありがとう・・・・。翼、ありがとう、お母さんの子供として生まれてきてくれてありがとう・・・」

 涙が、雨が、次々と頬を伝っていく。
 翼にも、私にも、恐らく樹にも、たくさんの叶わぬ願いがあった。
 けれど、七夕の雨はそれらを優しく流してくれるような気がした。

コメント


一気に読んで


涙が一気に溢れ出しています(;_;)


生きると言うこと
愛すること
愛されること

喜びと哀しみの
その向こうにある
本当の真実…


色々な想いが胸の中を交差しています


かわいいタンポポかわいい

2012年04月18日

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