そう言えば、10日(間違っていたら、ごめんなさい)だったか、坂上二郎さん
が亡くなった。若い方々には、馴染みはない・・・とは、思うが76年の生涯
だった。その生涯が、短かったか、長かったかは、今、私は論じないが、昭和の
時代から大きな足跡を残した、偉大なるコメディアンだった。一度、脳梗塞に
倒れながらも、奇跡的な復活を遂げ、晩年には、舞台にて活躍していらっしゃ
った。萩本欽一さんと、“コント55号”を組み、「飛びます、飛びます」のギャグ
で、一世を風靡した。『二郎さん』の、愛称で、多くの人々に愛されていた。
彼の、人柄・・・人懐っこい笑顔に、不快感を覚える人々は、先ず居なかった
だろう。欽ちゃんのツッコミに絶妙なボケで、我々に、笑いを提供して下さった。
コント55号で活躍されていらっしゃった頃には、私はまだ小学生くらいの歳
だったが、彼のボケには、笑わせて貰った。欽ちゃんの言う通り、欽ちゃんの
相方は、二郎さんしか居なかった、と私も思う。何かと、彼は、欽ちゃんの
“引き立て役”のように思われ、扱われる事が多かった、とも感じるが、彼が
居たからこそ、欽ちゃんのツッコミも活きて、楽しかったのだ、と思う。私は、
二郎さんの存在があったからこそ、欽ちゃんと言う存在も、あるのだ、と考える。
コント55号における楽しさは、“計算されたお笑い”と言うよりも、二郎さんの
人格による、“天然的なお笑い”だったような、気がする。だから、欽ちゃんも
二郎さんをイジリ易く、また、それに二郎さんがしっかり応える事によって、
面白く、可笑しかったのだ、と思う。まあ、私が改めてそのような分析をしなくて
も、二郎さんの魅力は、私が言うまでもなく、皆さんにはお解りになって
いらっしゃると思う。
とにかく、魅力溢れる方々が、どんどんと相次いでこの世を去られる事は、
とても、哀しく寂しい事だ・・・。
コメント
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二郎さんには悪いけど、二郎さんの特集コント55号の特集を期待してた所に災害が起きたからね
二郎さんちょっと可哀相?
ご冥福をお祈りしておりますm(__)m
mamorukun
2011年03月20日
こんにちは
コメ返遅くなってしまい
すいません(;_;)
最近ずっとこんな感じで
ごめんなさい
お久しぶりです
元気ですか?
毎日笑ってますか?