Oświęcim オシフィエンチム

アウシュビッツのことをポーランド人はそういう。
ここは第二次大戦のとき、ナチスがユダヤ人たちを
収容し虐殺した場所だ。
konzent largerという。

なぜ、彼はここの来たのか?
日本には消えている現代史の後
沖縄戦を除けば日本は直接殺戮しあったわけではなかった。
それにまだ善と悪を見分ける基準がない。

世界史の中でナチスの戦争犯罪は
突出している
そういった悪も見なければ
人間の信頼西というものはわからない

収容所の前に立った。
門の上には標語がドイツ語でかいてある。
Arbeit mahat frei「労働は人々を自由にする」
入口には列車の引き込み線が残っていた。

ガラス蓋の展示台の中には
毛髪の塊やロイドメガネや義歯があった。
チクロンという毒ガスの空の容器や
ガス室の写真があった。

その夜は近くのカトヴィッツエという町のユースにとまった。
体が冷え込んでいた。
酢漬けのキャベツとジャガイモのスープを飲んだ。
カラス麦の固形パンはぼそぼそしている

隣のテーブルでは修学旅行を率いる中学校の
教師たちが会議をしていた。
女性教師の巻き毛がほつれていた。
あの食事をまずそうな顔もせず食べている。

そのあと彼は煙草を買いに外に出た。
まだ雪が小ぶりのうちに。

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