*―チロルチョコ、GO! GO! ―


息子はチロルチョコ中毒だ。とにかく、チロルチョコを喰い漁るのに忙しい毎日を送っている。駄々もこねない、おもちゃも欲しがらない。


なんて安上がりな息子なんだろう。


チロルチョコといえば、私が幼少の時分からあったはずだ。自身、駄菓子屋に通っていた記憶はある。でも、その庶民的親しみ易さに、当時の私には何の魅力もなかった。
今でもおやつにメロンが出る方が、絶対嬉しいに決まっている。


変わり者な息子である。


家の近所にあるスーパーで、息子と夕飯のお使いに出かけるといつでも、息子はお菓子の陳列棚を恨めしそうに見つめて動かない―飽きもせず―ので、私は頼まれた食材探しに奔放することにしている。迷子にはなるまい、首根っこを引っ張らない限り息子は絶対そこを離れないから。


ある日、スーパーでの出来事。


夕飯はカレーにすると家内は宣っていたが、私は彼女の人参の切り方に不満があった。
いつも大きく切るので、カレーを食べているはずなのに人参の味が目立ってしまう。
メモには『人参四本』とあるが、二本だけにしておこうと、ささやかな反抗にでるつもりだった。
そうすれば、否応なしに細かく切るだろう。

野菜コーナーでそんな事を考えていると、ふと自分の視界に見てくれは普通だが、何となく挙動不審な印象を与えるおばさんが入ってきた。

棚の商品を手にとって、品定めをしているようなそぶりはしているが、目線は遠くを定めている。人を監視している―そんな感じだ。

そういえば聞いた事がある。私服姿で客を装い、店内をパトロールする保安業務なるものが存在して、万引きの現行犯を捕らえたりするそうだ。

多分それだ、なんて呑気に思ったが、ちょっと息子の事が気になりだした。
まだ幼いから、犯罪だなんて事も意識せずにチロルチョコをポケットに、なんてところをあのおばさんに見られてやしないか。

おばさんにマークされない様にそっとお菓子コーナーに行ってみると、息子は相変わらずチロルチョコを凝視していた。


『おい、チョコを取ったりしてないか? ポケットの中とかに。買うならホラ、カゴに入れなさい』

だが息子は解せないといった面をして首を横にふる。

『買うの?』

解せないといった面をして首を傾げる。


チョコばかり食べていて健康にいいわけないだろうが、欲しがらないなんて体調が悪いのかな、とちょっと不安にさえなる。
そしてレジの方を何気に見遣ると、例のおばさんの姿がそこにあった。
ジーッとこちらを見ている。
なんだか気まずくなってしまい、且つこっちは善良な市民であることの意思表示をする為の意味もあって、チロルチョコを五つほど、大仰に掴みカゴに入れた。
すると、息子が、


『そのチロルチョコ、なんか臭い』
と顔をしかめて言った。

『臭い?』
『うん、臭い』

手にとって嗅いでみるが、全く匂わない。賞味期限も切れていない。臭いってどういうことなんだ、と、こっちが傾げながらレジの方を伺うと、おばさんはもういなかった。

『―ちょっとお店の人に聞いてみようか』


店員さんにチョコの事を言ったら『本当ですか?』と血相を変えたので、息子が戯言を言ったわけではないような気になりだした。


しばらくすると警察がやって来て、店は騒然となった。するとどうだろう、チロルチョコの包装紙に小さな穴が空いていて、中には、なんと青酸が仕込まれていたというのだった。


警察の話によると、青酸はアーモンドに似た臭いがするので、チョコレートに混入されると人間では識別しづらくなるそうだ。
息子の嗅覚、というよりもチロルチョコに対する中毒ぶりが、大惨事を防ぐ手立てになったようだった。


しばらくして、毒を仕込んだ犯人が逮捕されたのだが、それがあのおばさんだったなんてどうでもいい事であるかのように、息子は相変わらずチロルチョコ無しでは生きていけないらしく、よく食べている。


(1999年初出 超短編小説)

コメント

思うに、その息子は包装紙のデザイン込みで『チロルチョコ』中毒なんで、デコチョコだと食べないわーい(嬉しい顔)正しく『このチョコ、なんか臭い』でしょうね指でOK
てか、コメント本当に嬉しいですexclamation×2これからも気が向いたらヨロピコですぴかぴか(新しい)

no/hot 2011年01月31日

うわ~げっそり
万引きGメンじゃなく犯人だったとゎあせあせ(飛び散る汗)

息子さんよく気づきましたねわーい(嬉しい顔)えらいっ揺れるハート

ご褒美にチロルチョコの包装紙を息子さんの顔にできるわーい(嬉しい顔)
デコチョコでもプレゼントしてみてゎ??

 きだ ともこ 2011年01月31日

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